一條の歴史

沿革

1925年(大正14年) 一條兵四郎が東京・木場に一條木材を創業
1926年(昭和元年) 山林経営を開始
1929年(昭和4年) ラワン材、原木扱製品取り扱いを開始
1941年(昭和16年) 農林大臣から個人木材生産産業許可を受ける 太平洋戦争勃発、木材統制令発令 木材生産業の許可を得て個人企業として継続
1946年(昭和21年) 一條木材株式会社となり一條兵四郎が社長に就任
1949年(昭和24年) 輸入木材の取り扱いを再開
1956年(昭和31年) 山一製材株式会社を設立
1959年(昭和34年) 創業者・一條兵四郎、内閣総理大臣より紺綬褒章を受章
1974年(昭和49年) 宇都宮営業所開設
1976年(昭和51年) 一條兵四郎、逝去 一條興一が社長に就任
1983年(昭和58年) 一條商事株式会社を設立
1992年(平成4年) 木場グリーンパーク本社ビル完成(現KDX木場ビル)
1996年(平成8年) 一條興一、会長に就任 一條達雄が社長に就任
1997年(平成9年) 一條興一、東京原木協同組合理事長に就任
2004年(平成16年) 一條ランバー株式会社を設立
2011年(平成23年) 群馬営業所を開設
2013年(平成25年) 国際事業室を開設 越谷センターを開設
2014年(平成26年) 株式会社丸信木材センターを買収
2015年(平成27年) 創業90周年を迎える 木育事業開始
2016年(平成28年) 飯能工場を開設 会長・一條興一、逝去 ウッドスタート宣言
旧一條木材社屋
創業者・一條兵四郎座右の銘
「人生は如何なる場合も行き詰まりは無い、常に研究と努力あるのみ」
(武者小路実篤氏・写真)

歴代社長

創業者・一條兵四郎

明治33年5月8日生まれ。初代一條グループ代表。 「兵四郎は生まれが子年の一白の水だから、水にご縁のある商売が向いているのではないか」という母の言葉から木場に近いこともあり材木屋を目指す。

12歳で山口嘉平商店に修行に入り、徴兵や戦争を経て大正14年、弱冠26歳で深川・木場にて一條木材を独立開業。太平洋戦争による木材統制令のなか木材産業の許可を得て個人企業として事業を継続。

戦後の復興の木材需要に応じきれないと予測し、いち早く米材輸入を決断。三菱商事、三井物産などの一方ならぬお世話のおかげにより「米松の一條か、一條の米松か」と言われるまでに成長。

若手作家の支援などにも積極的に尽力。昭和34年、内閣総理大臣より紺綬褒章を受章。 著作「木場に生きる」(昭和49年)

一條兵四郎(1900~1976)
一條グループ創設者

主な表彰

昭和34年 3月 紺綬褒章 (内閣総理大臣)
昭和35年 3月 感謝状  (江東法人)
昭和37年 4月 有功章  (日本水難救済会)
昭和39年 11月 褒状   (内閣総理大臣)
昭和40年 11月 表彰状  (江東区長)
昭和41年 1月 褒章状  (総裁賞総理大臣)
昭和41年 6月 感謝状  (深川警察署)
昭和41年 8月 特別社員証(日本赤十字)
昭和43年 5月 表彰状  (浄土宗務所)
昭和44年 6月 有功賞  (日本水難救済会)
昭和46年 11月 褒賞状  (全国中小企業団体連合会)
※一條兵四郎「木場に生きる」より

二代目・一條興一

昭和5年3月26日東京・木場生まれ。二代目一條グループ代表。
名古屋の上地木材で修行後、一條木材に入社。昭和51年に先代の跡を継ぎ、一條木材代表取締役社長に就任。困難な業界に在って新鮮味溢れる近代的経営感覚を駆使して事業の近代化に努め、北洋材、米加材の輸入販売で確固たる実績を挙げる。

とくに米材に関しては、日本米材協議会、京浜米材協議会の各理事、日本原木協連の監事を長年に亘り兼任。北洋材に関しても、東京北洋材原木協組の副理事長としても業界調整の役割に手腕を発揮。平成9年には東京原木協同組合・理事長に就任。その後、特別顧問を務める。

長年に亘り、数々の木材団体の監事を兼任し、業界の発展に貢献。

一條興一(1930~2016)
二代目一條グループ代表

三代目・一條達雄

昭和38年3月13日東京・木場生まれ。三代目一條グループ代表。 成蹊大学卒業後、カナダのマックミランに入社。(現Western Forest Products)

カナダでの3年間の修行後、一條木材に入社。平成8年に一條木材代表取締役社長に就任。平成16年には一條ランバー株式会社を設立。国内には営業所、工場を積極的に開設。海外では、カナダ・アメリカのみならずヨーロッパや東南アジアなど世界各国に事業を拡大。

近年では、木の良さを子供たちに伝えるべく、ウッドスタート宣言を行い、木育活動を開始。約一世紀続く“木場の材木屋”としての歴史と伝統を引き継ぐ、木場で生まれ育った三代目。

一條達雄(1963~)
三代目一條グループ代表

木場の歴史

昔から木場といえば木材、木材といえば木場とまで言われたように、木場は木材の町として発展してきました。江戸に幕府が置かれて、新しい町づくりが行われ、木材の需要が大きくなるにつれて、日本橋、箱崎に材木屋が集まっていました。それが1657年の明暦の大火の後、江戸市内の外縁にあたる現在地に移転したのが木場の起こりといわれています。

当時はアシの茂った沼地だったのですが、消費地に近く、しかも東京湾を通って木材を積んだ船が入りやすく、そのうえ池や堀割も多く、ここが木材の町づくりに最適地とされていたのです。深川一帯は慶長年間に幕府の手で埋め立てられた所で、堀割、排水路の建設が行われていました。昔の木場付近には大小さまざまの掘割が縦横に切り開かれ、それが原木輸送や高瀬舟、伝馬船の通う運河として木場の繁栄をささえていました。掘割に浮かぶ原木の縦模様が木場独特の景観を描き出していました。当時の面影は消えてしまいましたが、一條木材はこの地に生まれ、大正、昭和、平成、令和と変化を遂げながら現在も木材の町、木場に本拠地を構え、営業を続けています。

旧木場全体図上から
掘割に浮かぶ材木
旧木場風景
水中からの陸積み
丸太に乗る創業者・一條兵四郎